こどもの日

 

5月5日(日)は、こどもの日です。子どもの人権を尊重し、こどもの幸福を願い、合わせて母親に感謝するのが趣旨です。

こどもの日には、子どもの健やかな成長を家族で喜びたいものですが、一方少子化という現実があり、手放しでは喜べない面もあります。

私が生まれた昭和27年には、子どもの数(14歳以下)は3000万人もありましたが、現在は1600万人と半減しています。

政府では少子化対策に取り組んでいるものの、中々成果が上がらないのが現状です。結婚する人の数が減少傾向にあり、その上1夫婦当たりの子どもの数が少ないため、少子化にはストップがかかりません。

夫婦が安心して子どもを持ち、育てていこうと思える環境づくりが必要です。そのためには、子育て支援策の充実が不可欠です。

特に母親が希望した場合には、育児をしながら働き続けられる職場づくりが重要ですし、父親が育児に参加できる環境づくりも大切です。

公務員や大企業など除けば、一般企業などに勤める母親が安心して育児ができる環境は不十分です。政府はこうした面の環境の改善に、しっかり取り組まなければなりません。

私の息子夫婦に昨年長男が生まれ、今年の子どもの日は初節句となりました。遠くに暮らしているため、一堂に会してお祝いをすることも叶いませんので、私の家に五月人形を飾り柏餅を供えました(写真)。

この人形は、今から40年近く前の息子の初節句の時に、妻の実家からいただいたものですが、保存状態も良かったので久しぶりに飾りました。

子どもの声が聞こえてくるにぎやかな地域にするために、私たちに何ができるのか、また政府や自治体は何をすればいいのか考えたいものです。


憲法記念日に知る権利を考える

5月3日(木)は、憲法記念日でした。

この国民の祝日は、1947年5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して制定され、今年で71年目を迎えました。

現在国会では憲法の改正議論が行われていますが、私は「国民の知る権利」と憲法について考えてみました。

国民の知る権利については、憲法のどの条文を見ても記載されていません。

憲法第21条第1項に、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と書かれています。

そして、「言論の自由」に「知る自由」が含まれており、「知る権利」が保障されています。その上で、情報の開示や提供を請求することができる権利が保障されるのです。

国民が政府(地方自治体も含めて)の持つ情報を、知ったり自分の意見を述べたり、監視することに役立てることは、国民主権の原理から認められています。

「国民の知る権利」は、最も重要な基本的権利としての性格があるとされています。

また、報道機関の報道は、国民の知る権利に奉仕するものと位置づけられています。このため、自由な報道を規制することは、国民の知る権利を制限することにつながります。

国民の知る権利が憲法上保障されているだけでは不十分でしたが、2001年には「情報公開法」が施行されて、国の持つ情報の開示を求めることができるようになりました。

一方、現在国会では、森友問題、加計問題、自衛隊の日報問題など、文書管理と情報公開のあり方が議論されています。

まさにこの問題は、国民の知る権利と深く関わっているのです。

公文書が適正に管理されず、必要な情報が公開されないとすれば、これは国民の知る権利が阻害され、これにより真の民主主義を実現することはできません。

私たちは憲法の改正議論をする前に、まずは憲法で保障された国民の知る権利が本当に保障されているのか、もう一度考えなければならないと思います。

私は、文書管理と情報公開について県議会でも議論をしていきたいと考えています。


名君「保科正之」生誕407年祭が開催

4月29日(日)に、伊那市高遠町で高遠藩主「保科正之」の生誕407年祭が開催され、地元県会議員として参加しました。

この祭には、保科公ゆかりの関係者が各地から参加しました。

保科正之は、江戸幕府2代将軍「秀忠」の子(「家康」の孫)で、3代将軍「家光」の異母兄弟として生まれ、信濃高遠藩(現在の伊那市)の藩主「保科正光」の養子となり、後に高遠藩主となりました(写真は高遠歴史博物館前に建立されている正之と母のお静(奥女中であった)の石像)。

その後出羽山形藩主を経て、陸奥会津藩(現在の福島県会津若松市)の初代藩主となりました。

保科公は、4代将軍家綱の補佐役を命ぜられて幕府の重要なポストに就き、後の生涯のほとんどを江戸幕府のために尽くしました。

保科公の縁で、伊那市と会津若松市は友好都市となっており、様々な分野で交流が行われています。

会津藩には、「什の掟」(じゅうのおきて)というものがあります。什は藩士の子弟を教育する組織で、「什の掟」は藩士としての基礎的な心得を示したものです。

その中に、「嘘を言うことはなりませぬ」という教えがあります。私は、これを大変気に入っています。

最近国会では政治家や政府関係者による嘘の答弁が問題になっており、国民の政治への不信感が高まっています。

保科公は名君として知られ、公人としては嘘をつくことはなかったと推測されます。保科公が国会の状態を知ったら、大変嘆くことと思います。

私達は保科公の生き方に学び、嘘のない信頼感のある社会を作っていかなければならないと思います。