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高遠城下祭りが開催される

高遠城下祭り27,9開会式

 

新宿区役所職員「つつじ連」の皆さんによる「阿波踊り」
   新宿区役所職員「つつじ連」の皆さんによる「阿波踊り」

9月6日(日)に、伊那市高遠町で高遠城下祭りが開催されました。

私は、オープニングから夕方の町民踊りまで、見させていただきました。この祭りは、毎年9月に町の中心にある「ご城下通り」で開催されています。

大勢の皆さんが会場を訪れ、子供からお年寄りまで幅広い世代がイベントに参加され、大変な賑わいでした。

伊那市と友好都市の新宿区からも友情出演があり、新宿区役所職員の「つつじ連」の皆さんによる「阿波踊り」(写真)は圧巻でした。

「つつじ連」は、その踊りの素晴らしさが有名であり、あちらこちらのイベントに招かれています。

江戸時代末期の高遠藩主であった内藤氏の江戸の屋敷が新宿にあったことが縁で、新宿区と高遠町は友好都市として交流を重ねてきました。

そして、高遠町・伊那市・長谷村が合併して新しい伊那市となり、新宿区と伊那市が友好都市となって今日に至っています。

私は、会場に来られた皆さんと会話を交わすことができました。

色々な話ができましたが、安全保障関連法案については廃案を望む声が多いと感じました。

マスコミにも報じられていますが、民意は中々厳しいものがあると思います。

私は、憲法学者の憲法違反との解釈が多いことや、元最高裁判所長官も違憲との意見であることからも、慎重な対応をすべきと考えています。


上伊那教育団体との懇談会に出席

教育7団体懇談会27,9

9月4日(金)に、上伊那教育7団体主催による上伊那教育財政懇談会が伊那市内であり出席しました。

この懇談会は、7団体(教育委員会協議会・PTA・上伊那教育会・中学校長会・小学校長会・校長教頭組合・教職員組合)と上伊那地域選出の県議会議員が、県政に対する要望事項について意見交換するために、毎年開催されています。

「伊那養護学校のトイレが一部和式であり、障害のある子供たちには不便であるので改修して欲しい。寄宿舎が老朽化しており、計画的な改築をして欲しい。医療ケアのための看護師の待遇改善を図って欲しい。」

「高校の定員について、地域ごとの中学校卒業生数の実態に即した募集定員にして欲しい。」

「養護教諭が多忙なため、学校配置数を増やして欲しい。」など、多くの要望事項が示されました。

伊那養護学校からの要望や、特に配慮を要する子供たちのための教員や支援員の増員要望については、優先して取り組まなければならないと思いました。

教員の皆さんは、指導しなければならない教科内容が濃く、様々な事務処理にも追われて毎日多忙を極めており、中々休みも取れないようです。

また、様々な悩みや障害などを持った子供たちの教育については、教員等の配置がまだ十分とは言えず、大変苦労されています。

教育は国の基本です。子供たちは地域の宝です。

これからの地域を担っていく子供たちが、健やかに育っていくための環境を整備していかなければなりません。

この懇談会を通じて、子どもの視点に立った教育を進めるために、努力していかなければならないと痛感しました。


戦没者慰霊祭に参加

上伊那招魂社
             上伊那招魂社

9月3日(木)に、上伊那招魂社(伊那市中央・伊那公園内)で上伊那遺族会が主催する遺族会戦没者慰霊祭があり、来賓として参加しました。

遺族会では、毎年この時期に慰霊祭を開催していますが、当日は上伊那各地の遺族会の皆さんや戦没者のご遺族の皆さん、上伊那の社会福祉協議会長や関係者などが参加しました。

祭事の中で、会長ほか 代表の皆さんからは、戦没者に対する哀悼の言葉や不戦の誓いの言葉などが述べられました。

対象となる戦没者は、第2次世界大戦ばかりではなく、その前の戦争においてなくなられた方も含まれています。

今年は、終戦から70年目を迎えた節目の年です。

改めて戦争や平和について、考えるべき年だと思います。

また、数々の戦争のために尊い命を亡くされた戦没者の皆さんの犠牲というものがあって、今日の日本の繁栄や平和があることを、しっかりと受け止めなければなりません。

私の父も、大戦時には軍隊に入り、朝鮮半島など海外で転戦を重ね、生死の淵をさ迷い歩き、命からがらに帰国しました。

入隊前には大変丈夫な父でしたが、従軍活動の中で体力を消耗して、抵抗力が弱くなり、帰国後仕事に就きましたが、やがて結核という当時では恐ろしい病に取りつかれていきました。

そして、結核は完治せず、他の病も発症して体全体が病魔に侵され、若くして命を落としました。

国のために命を落とすなどという、ばかげたことがあってはなりません。

戦争は、絶対に起こしてはいけません。

憲法9条を守ってきたことで、日本は戦争を起こさず、また戦争に巻き込まれず、平和を享受することができたのです。

日本は、唯一の被爆国となった経験から、平和国家として世界の平和をリードしていく役割を、果たすことが求められています。

戦争を知らない世代が増えていますが、知らなくても戦争の悲惨さを学習し、戦争を起こさないために、努力をしなければならないと思います。

慰霊祭に参加して、改めて戦争のない平和な日本の建設のために努力することを、心に誓いました。